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GMX ニュースレター 10月号(2007年)
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  GMX ニュースレター 10月号(2007年)

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先月、「枠にぶつかる部分とは葛藤するべき部分だろう」と書いた。葛藤の中で研がれていき、その結果成長していく部分、変化していくことがあると思う。しかしだからといって、枠に収まる人になるべきだとは思わない。きよめられる=ぶつからないようになる、というような単純なことではないからだ。ぶつからないことは、当面は平和的な選択のように思えるが、実際はそのような状況に生きることから逃げているにすぎない。一時的な避難措置としては逃げることも必要だが、それは解決の道ではない。

イエスは、今風に言えば“空気の読めない”存在だったはずだ。長いものに巻かれることをよしとせず、かといって反対勢力を結集させようなどともしなかった。自分の手のぬくもりを必要とし、寄り添う心を必死に求めている人に出会うためになら、どこまでも歩いて行かれた。一方で、弟子たちには血の汗を流して祈る姿を見せ、十字架を負って民衆の生活の場を通り過ぎられ、高い丘の上で死なれた。イエスには葛藤などなかったかのようについ思ってしまうが、決してそうではなかったはずだ。

よく考えてみると、葛藤そのものがわたしたちを作っているような気がする。それがあるからこそ、いまもイエスが必要なことを認めざるを得ないのだ。わたしたちは、ぶつかり続ける人を見ると、枠にぶつからないようにギブスをはめてあげることが親切なような気がして、ついそうしてしまう。そういうことを言ってしまう。しかし、その人を変えるのは神さまの仕事であって、人間がそれをしてはならない。わたしたちにできるのは、イエスの手のぬくもりはこんなものだよ、と寄り添うことだけなのかもしれない。

「ただひとつ知っているのは、目の見えなかったわたしが、いまは見えるということです。」(ヨハネ9.25)


◆ ◆ ◆ 献金報告 ◆ ◆ ◆
(2007.08.21〜09.20)
【合計:90,680 】
JCあて/10,640 + 個人あて/80,040

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