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GMX ニュースレター 4月号(2008年)
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  GMX ニュースレター 4月号(2008年)

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コンチネンタルズで指導する立場となってから、自分の中に大きな問題があることをよりハッキリと自覚させられるようになりました。すぐに腹が立ち、言葉や態度が荒くなり、周囲の人たちを傷つけていたのです。自分でも問題に感じて、もっと温厚でありたい、いつでも誰に対しても誠実に振る舞えるようになりたい、と祈り続けていましたが、どうしても自分だけでは解決できない部分を抱えていました。そして、働きの前進のためにはある程度は仕方がないという、間違った使命感を持っていました。自分の問題を脇に置いてもこれを成功させなければならない、と勘違いしていたのでした。ある時、少し対応が面倒だと感じていた人の言ったことを無視して作業を進めようとしたところ、「言ってることとやってることがバラバラじゃないか。」と、みんなの前でハッキリと指摘されました。別の機会には、せっかく個人的な改善点を指摘してくれた相手に対して捨て鉢な態度を取ってしまったところ、すかさず「その言い方は強すぎる。それでは誰もあなたの言ってることを素直に受け取れない。」と、これもみんなの前でズバリ指摘されました。まだ他にもありますが、これらの出来事はわたしにとってかけがえのない経験となりました。もし、どんなにやっていることがすばらしかったとしても、それが外側だけ白くきれいに塗られたものであっては意味がありません。どの場面でも、とても恥ずかしい思いをしましたが、みんなの前で言ってもらわなければ、きっと言い訳をして、真剣な問題として受け止められなかったと思います。もちろんすぐに改善できたわけではなく、今もさまざまな問題を抱え続ける者ですが、それらの経験が、自分の問題に取り組むきっかけになりました。リーダーシップのふさわしいあり方について知るために、わたしには他者の助けが必要でした。そのことを教えてくれた兄弟姉妹に感謝し、そんな仲間を与えてくださった神さまに感謝しています。

「ですから、互いに罪を告白し、祈り合いなさい。」ヤコブ5.16

 * * * * *


●週刊アエラ4/14号で、『キリスト教会の性犯罪』というタイトルの衝撃的な記事が掲載されました。3件の、牧師による性暴力の実態について、裁判記録も参考にレポートされています。それぞれ内部事情にくわしい方からの情報提供があったと思われ、無意味にあおるような書き方もなく、ある意味で良心的な記事だったと思います。残念に思ったのは、一般誌でこのように取り上げられる前に、教界内で、牧師教職に限らず信徒レベルでも問題が共有されていればよかったのに、ということです。なぜなら今回のケースの内2件では、被害者(とその支援者)がこれ以上被害が拡大することを阻止したいということから、今も事態の改善を願って積極的に発信しておられるからです。にもかかわらず、わたしも含め信徒間でこれらの問題について話題に上ることがありませんでした。これほどの犯罪ではなくとも、また必ずしも犯罪とは言えないものの中にも、教会内で問題とされなければならないだろうと思われるケースについて耳にすることがあります。わたしたちが気づかずに、無関心のまま倒れている人のそばを通り過ぎていることが多いのでしょう。反省します。どのケースも、教会や教団の対処の遅さ・甘さが、事態を決定的に悪い方に引っ張っていったと言えます。もちろん被害者の二次被害への配慮は必要ですが、それがどこかで「臭いものにフタ」となっていないか、未信者・求道者への配慮と言いつつ、自分たちの汚点を隠すことで宣教が前進するかのような勘違いがないか、チェック機構の充実が必要とされているのではないでしょうか。社会一般的な規範だけで教会内のことが決められてはいけないと思いますが、むしろ社会の中で傷つき、助けを求めている方々へ教会の門が開かれているために、内部の自浄についてはより誠実に取り組むべきだろうと思います。

●今回の記事に触れて、もうひとつ気がつかされたのは、わたしたちの働きにもチェック機構が必要であることです。小さな働きであるということに甘えて、それに誠実に取り組んでこなかったことを思わされ、反省しています。コンチネンタルズが実際に活動していた2003年までは、JC協力委員会の一部の機能が残っており、年に1〜2回の活動と会計の報告をし、チェックをしていただいていました。しかしそれ以降は、年1度のアメリカのコンチネンタルズ本部への報告しかなく、体制が不十分であったことを認めます。役割とその名称の妥当性も含めて検討しながら、理事会(仮)の発足準備を早急に進めさせていただきたいと思います。覚えてお祈りいただければ感謝です。


●「ワンボイス」は、あと2曲について出版社からの応答がなく、足踏み状態です。何度も連絡しているのですが、返事がないのです。「もぅ〜ちゃんと仕事してよ!」と思いますが、曲をカットするわけにもいかず、待つより仕方ありません。


◆ ◆ ◆ 献金報告 ◆ ◆ ◆
(2008.02.21〜03.20)
【合計:177,660 】
JCあて:16,560 + 堀井あて:161,100

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 発行:ゴスペルミュージックエクスプレス
  339-0055 さいたま市岩槻区東町2-5-4
  tel+fax:048-749-7655
  email : info@gmx-jp.com
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| ニュースレター | 18:01 | comments(3) | trackbacks(0) |
「お互いに本当に支えになる」関係! 私にも、そしてクリスチャン一人びとりに教会の主にある兄弟・姉妹が与えられています。平和は造り出すものですし、関係は築き上げていくもの、交わりは深めていくものだと思います。相手のことを思い、生活の中で祈りつつ、仕え合い、高め合う、そういった仲間、いえ、家族の絆を深めていきたいと思います。
| おさむ | 2008/05/03 10:05 PM |
罪の告白は、特殊な場合を除いて公の席でなされる必要はないとボクは思っています。むしろ「お互いに本当に支えになる」というコミットメントができる小さな交わりの中で、日常的になされるのがいいと思います。それを受け取れない人たちへのつまずきになることも避けられますし。自分ではしがみついていたい思いと戦いつつ、その思いさえも受け止めて一緒に祈ってくれる兄弟たちとの交わりがあるといいですね。牧師だけで教会員みんなの重荷を、というのはやはり無理がありますからね。祈っています。
| えいじ | 2008/05/03 9:32 PM |
私も自分の問題点、罪に気付いていて、時には牧師には話せても、兄弟・姉妹には分かち合えないということがあります。罪の問題はプライベートな部分もあり、むやみやたらと公にするものではないと思いますが、そういうことでなくて、私の場合は、罪にしがみついていたいという思いがあり、牧師に話すのは差し障りがないが、他のクリスチャンの方も同じような経験をしているのかも知れませんが、兄弟・姉妹に知られては恥ずかしいという思いがあります。個人的な罪の告白も、本当は活ける神の前でするものなので、畏怖の念を持ってなされるべきですが、狎れてしまって、告白がいい加減な言い訳のようになってしまいます。兄弟・姉妹に罪を言い表すのは、勇気がいります。しかし、そうすれば癒されるというのです。自分だけでぐるぐる回るのは止めにして、神様に勇気を与えられたいと思います。
| おさむ | 2008/04/29 12:40 AM |









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